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黙示録トップ
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黙示録の秘密

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桃楼お爺さんの大ボラ説法

松居桃楼

Decryption of Revelation

■人類はなぜ戦争を繰り返すのか?

  汎知性(パン・ソフィア) VS 反知性(パラノイド)

● 最終戦争直前に出現する【 別なもの】とは!
● 人類に残された最後の希望【 Sophe とは!

幻の共同体「蟻の街」の主催者、思想家 松居桃楼
  元祖ファクトフルネス・マインドフルネス・聖書暗号解読・ワンネス……
​ 父 松翁から語り継がれた
トルストイの予言を世界初公開

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松居松 翁

アンカー 1
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Decryption of Revelation

Written by Toru  Matui

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 Voyage 6
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​黙示録の秘密

Decryption of Revelation

​桃楼おじいさんの大法螺説法

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黙示録目次

                         黙示録の秘密 

               目  次
 

序 章 ゆれ動く一四歳                       
                        カタコンブのような家
               
                        教会は裸の王様か                 
                        飛びおり自殺の作戦計画              

 

第一部  見ても見ず 聞いても聞かず
         第一章 永遠の命をもとめて           
             『されど』のひとこと          

             天国の奥義とは            
             イザヤ書の謎を解く者         
           第二章 暗号解読法ABC             
                        史上最大の推理小説 
                                          
                        コード&サイフアー(換字式と転字式)
           ユダヤの聖書学者たち 
     第三章 ダニエル書の疑問
           鍵言葉のかくし場所

                           なぜアラム語が使われたのか

                         ひと時とふた時と半時

          第四章 封印を解くにふさわしき者

                           認められない書物

                           覆いをとり去る 

                         第七番目の言葉とは 

 

第二部 「思慮ある者は解くがいい」

    第一章 「蟻の街の奇蹟」と私

          現代版ドン・キホーテ

          体と心の断食を

          二人の呼吸が一つになる時

    第二章  ジャン・アストリックの推測

          旧約聖書は、何冊あるのか

          聖書至上主義という考え方

          啓蒙思想の嵐の中で 

    第三章  モーセの五書は誰が書いたのか

                          エロヒムとヤハウェの違い

                          聖書批判学者たちの苦闘

                          ユダヤ人にとっての神の律法とは

           第四章 鍵言葉は666

                          四二番目のところ

         『獣の数字は人の数字』

         エズラ記の謎

         「アドニカムを否定する』とは

 

第三部 アドナイをたたえる人びと      

    第一章 蟻の街のおやじさん 

         夾竹桃の木かげで

         断食は やめてください

    第二章 ソロモン王即位の謎 

         頭に油をそそがれた者

         ヤコブは果たしてイスラエルか? 

    第三章 祭司ザドクの子孫たち

         律法の書の出現

         ユダヤ思想の父エゼキエル

         第二のモーセ、エズラ

    第四章 祭司的記者とは誰か

         レビ族の特典 

         地上の放浪者を庇う神

         『アドナイの子孫を否定せよ』

第四部 創世記をさかのぼる

    第一章 目的の地は神の山だった

         『神』で記されている部分だけを

         祭司エテロの教え

         『あった』ではなくて『あれ』なのだ 
    第二章  ヨセフ、エサウ、アブラハム
         二つの兄弟喧嘩 

         なにものをも否定せず
         わが子を犠牲(いけにえ)に供えることを禁ず
         権力と世襲 
    第三章  ノアの洪水のかげに 
         クロレラ鰻頭 

         ギルガメシュはなぜ旅に出たか 
         なんじ殺すなかれ 
    第四章 天地創造の奥義 
         パラダイスの木の実

         爆撃下の神秘体験 
     
    贖罪の日とは
         史上空前の『百年間』 
    第五章  Xという人物
         火の玉中心地動説 

         沈黙の第ニイザヤ


終 章 神の国の到来するまでは
         必死の断食が

         光合成の秘密

 

あ と が き
                        装頓 杉浦康平 

                        書籍 全 313ページ

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​本  編

黙示録巻物
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      それゆえ、このすべての幻は、あなたがたには

      封じた書物の言葉のようになり、人びとはこれ

      を読むことのできる者にわたして、「これを読

      んでください」と言えば、「これは封じてある

      から読むことはできない」と彼は言う。またそ

      の書物を読むことのできない者にわたして、

      「これを読んでください」と言えば「読むこと

      はできない」と彼は言う。

                イザヤ書二九章11、12

 

 

 

 

 

序 章 ゆれ動く一四歳

                                                  カタコンブのような家

 多田悦子ちゃんが、突然われわれの前に現われたのは、今から何年くらい前のことになるだろうか
――梅雨あがりの、むし暑い朝だった。
「ここは蟻の街ですか?」

 制服姿の小柄な中学生が、まだ朝靄のただよう扉の外に立っていた。額にほんのりと汗を浮かせて、私を見上げた丸い目は、明るいがかなり意気ごんでやって来たことを、もの語っていた。
「蟻の街はだいぶまえに引っ越して、ここは旧事務所なの。連絡所みたいなところでね、浅草に、ここだけ残ってるのよ」
「おばちゃんも蟻の街のかたですか?」
「……まあそうだけど……?」 
少女は急に安心した様子で、「お水、飲ませてください」と言いながら、馴れ馴れしく入り込んできた。まっすぐに自分で流しの
所まで行って、水道の水を、大きなコップで飲みほすと、今度は部屋の周囲をぐるりと見まわして、
「……なんだか、カタコンブみたい」
「カタコンブ?」
「ほら、あるでしょう、ローマの地下の墓場。

暗い地下道みたいな穴ぐらの壁に、骸骨が、

こう、ビッシリ積んであって……」
 なるほど、この小さなコンクリートの小屋には、日が僅(わず)かしか差し込まず、壁面のほとんどが、不細工な書棚で、そこには大小何千冊の本が、横縦も雑然と、山をなして積み重なっている。これを白骨に見立てれば、その昔、迫害におびえながらクリスチャンがひそかに集まったという、地下の墓場、カタコンブを、連想させないこともない。
「あの北原怜(さと)子さん、蟻の街のマリアが初めて訪ねて来たのは、この小屋でしょう?」
「あら、よく知ってること」
「私、『蟻の街のマリア』という本、もう暗記するくらい読みました。映画も見たんです。小学生のときだったけれど」と言いながら、あらためて部屋の隅々までをなつかしそうに眺めている。だが少女は突然、不安らしく声を落として、私の腕を摑(つか)んだ。
「おばちゃん、あの白いヒゲの、骸骨みたいなおじいさん、誰ですか?」
「あれが『蟻の街のマリア』を書いた松居先生よ」
「ヘエー?…
私、もっと若い人かと思ったら……」


 さっきからおじいちゃんは、隅田川の高い護岸壁がすれすれに迫った軒下を、ハムザ、アリフ、バ、タ、サ、イム、ハー、カー…」とつぶやきながら、行ったり来たりしている。このごろ始めたアラビア語の勉強の、毎朝の日課なのだ。
 そのうち予定の分が終ったものか、部屋に入ってくると、
「きみ、学校はどこ?」ときいた。いつものように、南京袋でこしらえた、アメリカインディアンまがいの服装である。
「わたくし薔薇(しょうび)女学園中学、二年A組、多田悦子。満十四歳二カ月、ふつう悦ちゃんですけど、仇名はドッティ。クラスで一ばんチビだからでー
す。どうぞよろしく」――ほとんどひと息で言った.
「薔薇学園……京都? それとも? ……」おじいちゃんは、悦ちゃんの顔を見ながら、テーブル代りの木箱を挟んで、悦ちゃんと向い合った椅子に腰を下ろす。テーブルは木縮でも、椅子は廃品(でもの)利用ながら一応、そろいの肘かけ椅子である。
「林芙美子の放浪記で有名な尾道です」心やすそうに答えて、悦ちゃんも椅子にかけた。
「何時に着いた?」
「どこにですか?」
「東京駅にさ」
「六時半くらいかな?」
「ここに来る道は、どうしてわかった?」
「東京駅の交番でききました。すごく親切なおまわりさんでした。もしかしたら、蟻の街のマリアのファンかもしれません。地下鉄で浅草まで行って、それから…

「東京駅に着いたのが、今朝六時半ごろとすると、昨夜、尾道は五時ごろかな?」
「きっと、そのくらいです」
…今日は何曜日だった?……学校は、まだ夏休みじゃないはずだね?」
 悦ちゃんは、急に態度を硬くして、おじいちゃんを見あげながら叫んだ。
「私、蟻の街のマリアのように生きたいんです。蟻の街にいさせてください。お願いします!」
 おじいちゃんは、胸いっつぱいに垂れた白い髯(ひげ)をゆっくりしごきながら言う。
「お父さんお母さんに相談した?」
 悦ちゃんは、うつむいたまま、答えない。
「学校で、なにかあったの?……それとも、お母さんとけんかでもしたかな?」
「……ええ、少しだけ」消え入りそうな声。
「それで家出したんだね」
「家出?!」と、びっくりして流し台の前からふり返った私と、悦ちゃんも同時に叫んだ。
「だって、中学生が家(うち)の人にだまって出てくれば家出でしょう」と、おじいちゃん。
 悦ちゃんは、なるほど、というように、こっくりとうなずく。


 わけをきけば、話は、まことにありふれていた。ちょっとしたことでお母さんに叱られ、もののはずみで剛情に口ごたえしてしまった。お母さんは本気になって腹を立てて、担任の先生に言いつけるといって出て行った。
「バカねえ。ただおどかしただけでしよ?」慰め半分に私がからかうと、
「はじめ、悦子もそう思ったんだけど。……おどかしじゃなかったんです」
 まさかと思いながらも、そっと学校へ行って見たら、お母さんが応接間で、担任の先生と話しあっていた。
「ああ、それで、もう駄目だと思っちゃって、とっさに……?」と、私もつい釣りこまれてのり出すと、横からおじいちゃんが、
「今、何時?」と聞く。おじいちゃんのうしろの本棚の隅にある古ぼけた目ざまし時計は、八時五分前を指していた。
「教会の名簿はどこかな?」
「電話帳といっしょに、ありませんか?」
「ああ、あった」テーブル代りの木箱の横から取り出した名簿のページをめくりながら悦ちゃんに、
「担任の先生っていうのは尼さん
――いや、童貞さまだろう?」
「ええ、シスターです。蟻の街のマリアのファン。もう、大ファンです」
「名前は?」
「シスターローザ」
「シスターローザ。二年A組担任だね」
 おじいちゃんは、それをメモに書くと、坐ったままで、テーブルの電話のダイヤルを廻しはじめる。
「あっ、学校に電話するんですか?いやです。かけないでください。お願いです。やめてください」
悦ちゃんは、必死で叫んだ。


 

     教会は裸の王様か


 シスターローザが、おじいちゃんの書いた『蟻の街のマリア』の愛読者だったおかげで電話の用件は、たいそうスムーズに運んだ。
――多田悦子という子が、今ここにいる。そちらから迎えが来るまで、責任をもってあずかる。ただし、条件としてお願いがある。というのは、今度の事件を、学校の同級生はもちろん、できればほかの先生がたにも、洩らさないでいただきたい。それからもう一つ、今度のことで悦ちゃんを叱らないでほしい。
……本来は、悦ちゃんの家の方に電話すべきだが、朝礼が済んで授業が始まってしまうと、彼女の欠席が、クラスの中で噂になる心配があるから、家庭の方も、教室の方も、先生の計らいで、うまく取りなしていただきたい、ということなどだった。
 おじいちゃんが、それらのことを、一気にまくし立てたのに対して、先方の言葉は聞きとれないものの、シスターの声らしい感激したような高い調子が、受話器の外へひびいてきていた。電話がすむと、おじいちゃんは腰に下げたタオルをとって、汗をふきながら、「シスターローザがね、絶対に叱らないって。それに、誰にも言わないで、善処してくださるそうだ。さあ、もうこれで安心だよ」
 だが、悦ちゃんは、硬直したように肩をすぼめて下を向いたまま、つぶやくように言っている。
「いやです。帰りません。もし、パパやママが来て、無理に尾道へ連れて帰るんなら……私、自殺します。
…そうです。私、学校の屋上から飛び降りて死にます…うそじゃありません……私、ずっとまえから、何度も、そう思って屋上にあがったんです」
「その話は、ゆっくり、お食事しながらしましょうよ。ゆうべは夜行で疲れているだろうし、第一、おなかすいてるでしょう」私は、言いながら木箱のテーブルの上に、三人分の朝食をならべはじめた。
 朝食といっても、そのころのわれわれの食事は、至って簡単なクロレラ食だった。
「この緑色のパン、クロレラと小麦粉で作るの。クロレラって、単細胞の藻でね、それを乾燥して粉の状態にしてあるのを小麦粉とまぜるわけ。わたしたちが、どうして、こんな、へんなパン食べているかっていうとね、まあ、実験のためなの。この単細胞一つ一つが蛋白質を半分以上も持ってるのね、それと断然多いのがビタミンA……だからこれを一定量、含水炭素が主成分の小麦粉にまぜれば、理論上は、肉や魚を食べなくても蚤白質の心配がないわけ。でも、その、実際のところがわからないから『実験』なんだけど……。この藻は、繁殖がものすごく早いから、人類の未来の食職不足を解決するのに、このクロレラ食の研究は大切なことなんだけど、今みたいに、おいしい食べものがたくさんある日本では、肉や野菜を食べないで、クロレラ食だけで実験してみようなんていう人はいないのね、それで、わたしたち、去年からモルモットになって実験してるわけ。おじいちゃんの親友が世界的なクロレラ学者なもんだから、おじいちゃんは、食べる方の実験はオレがやるって
……だから、食事といっても、ここにはこれしかないんだけど、案外おいしいんだから、ためしてみてね」私は、なんとかして悦ちゃんの気をほぐそうと話しかけたが、彼女はまったく反応を示さない。そしてあくまで強情に言い張った。
「すみませんけど、蟻の街にいさせていただけないんなら、私、なにも食べたくありません。私、絶対なにも食べません」
 おじいちゃんは、なにか思いあたることでもあるように、おだやかにたずねる。
「君は、はじめから蟻の街にくるつもりで尾道を出てきたのかい?」
「…
いいえ…ほんとは、東京駅についてから思いついたんです。ほかに行くところがなかったんで」
「やっぱりそうか。すると君の家出の動機には、かなり根深い問題があるんだな?…
よかったら、それを、おじいちゃんに話してくれないか?」


 悦子の家庭は、二代前からのクリスチャンだった。彼女は生まれるとすぐ洗礼を授けられて、純粋にクリスチャンだけの空気の中で育った。その上、薔薇学園は、幼稚園から高校までの、厳格なミッションスクールだった。
 ところが中学一年生の時、めずらしく転校生が一人、悦子たちのクラスに入って来た。その子は勉強もよくできるし、ごく真面目な生徒だったが、キリスト教のことは、なに一つ知らなかったらしくて、学園の校風になじめず、困っている様子だった。悦子は気の毒に思って、毎日曜のミサに誘ったり、夏の一週間の黙想会にも参加しようと、相当強引にすすめもした。だが、そのころからその生徒
は、「キリスト教は、わからない」と言い出した。「なぜキリスト教だけが絶対に正しくて、そのほかの宗教はみんな間違っているのか?」とも、たずねた。
最初のうち悦子は、そんなわかりきったことを
――文化の高い欧米人が二千年間信じてきたことを――と今さら「なぜ」と聞く人があるのに戸惑って、ただキリスト教を知らない世界の人を愚かしく思うだけだった。
 しかし、徹底的に「わからない」と言われているうち、悦子は少なからず動揺しはじめた。そして母やシスターともわざわざ話し合ってみたのだが、自分が、あの友だちの、「わからない」という立場に立ってみると、その答えのどれもがまったく噛み合わない、永遠の平行線をたどる言葉の羅列のように感じられてきた。
 悦子にとっては、今まで自分が、ごく平凡で常識的なことだと信じきっていた一切の問題が、急にむなしく感じられてきた。日曜日のミサにあずかっていても、なにか周囲にいるおとなたち全部が、アンデルセンのお伽噺に出てくる、裸の王様を見上げながら「王様は美しい着物をきておいでになります」と、心にもないゴマすりばかり言ってる人たちのように思えてきてしまった。
 やがて聖書の講義を聞くのも馬鹿らしくなったし、今年の夏の黙想会に参加する気にもなれなくなった。それなのに「黙想会には是非、参加しなさい」という母にむかって、悦子は、「ママは偽(にせ)信者だ!』と罵(ののし)った。
――それが、家出の直接の原因になったのだった.
「でも、そのまえに、私、何度も、学校の屋上から飛び降りようと思ったんです。ただ飛び降りるんじゃなくて、あの友だちから聞かれた
――その友だち、結局公立の中学へ行ってしまいました――キリスト教のわからないことを全部、ぶつつけて、『これに対して、おとなの信者たちが、はっきりした答えを、言ってくれなければ、この屋上から飛び降りる』って叫びたかったんです」
「う-ん、そいつは素晴らしい。これは素敵に面白い」
 おじいちゃんは、目の前の木箱を、こぶしでドカドカ叩いて嬉しがった。とたんに電話機が、ガタンと揺れて落っこちそうになる。と同時にそのベルが激しく鳴りだした。おじいちゃんはあわてて電話機をおさえながら受話器をとりあげた。


     飛びおり自殺の作戦計画


 電話は悦ちゃんの家からだった。はじめにシスターローザがでて、それからお母さん、最後にお父さんがでたらしい。おじいちゃんの話によると、お母さんが学校へ行ったのは、やっぱりおどかしで、学校ではバザーの打ち合わせをしただけ。娘の告げ口などは、ひとことも言わなかったという。それはともかく、三人ともくり返して、今度のことで、決して悦ちゃんを叱らないと約束した。私は、全然叱られなかったら、かえってシコリが残らないだろうかと、不安がかすめたが、おじいちゃんに成算のあることだろうからと思って黙っていた。
 電話のむこうでは、悦ちゃんの声をきいてさらに安心したかったらしいが、彼女の態度がまだまだ険悪なので、おじいちゃんは「今ちょっと
…とにかく元気ですから……」とごまかした。それよりも、東京駅から、浅草の蟻の街の旧事務所へくる道を教えようとしたのだが、二人ともカンはあまりよくないようで、散々てこずった末に「じゃあ兎に角、東京駅でおりたら、また電話をしてください。そのとき、わかりやすい次の場所を教えましょう」ということで、話が終った。
 おじいちゃんは、受話器をおくと、
「中学生は、ひとりでちゃんとこられたのに……おとなは、なんて手間がかかるんだ」と不平を言った。だが、すぐ機嫌をなおして悦ちゃんの方をふり向くと、
「とにかく、お母さんやシスターが見えたら、君の疑問を、遠慮しないではっきりぶっつけたまえ。
……それでも駄目だったら仕方がない。学校の屋上から飛び降りるんだな。その時には、このおじいちゃんが、全面的に応援するよ」
「またまた、そんな無茶なことを。悦ちゃん、おじいちゃんの言葉を本気にしちゃダメよ」私はムキになって口をはさんだが、
「しかしねえ、ひと口に飛びおり自殺といっても、それには相当の準備をしなければならないよ」

  おじいちゃんは私の文句など、おかまいなしに、けしかけている。
「まず第一に拡声器を用意しなければ
…だってそうだろう? 屋上からどなったって、下まで充分声がとどかないよ。…それに、拡声器でどなるだけじゃ駄目だ。君のいう『キリスト教に対する疑問』を箇条書きにしたものを、プリントして上から撒いた方がいいな。そうすれば新聞やテレビ・ラジオの記者が、それを持って帰って大きく報道してくれる。だが、それだけでは意味がない。その報
道に対して、君の疑問はもっともだというグループが生まれなければならない。たとえば、有名な学者とか、政治家とか……人気タレントもいた方がいい。……それには、前々からそういうメンバーを揃えておいて、いざとなったら、八方から賛成の声をあげてもらうように約束しておかなければならない。それも、日本だけでなく、できれば、ヨーロッパやアメリカあたりからも『多田悦子を見殺
しにするな、宗教家は多田悦子の問いに対して、責任ある回答をせよ』と叫ばせなければいけない。

――それにしても、うん、新側やラジオ・テレビで騒ぎになって、それが全世界の問題になるには、最低、二週間は屋上で頑張ってほしいな。
……そのためには、そうだ! 前もって、充分な食糧を現場に進んでおかなければいけない。……いや、それよりも、その質問の内容を、完ぺきに練っておく必要があるから、少くとも、準備期間が一年は無いと困る……」
「はいはい、わかりました、わかりました。それならなおのこと、そんなつまらない冗談ぱなしは、やめにして、お食事しましょうね」
 私は、せいぜいおどけて、悦ちゃんの顔をのぞき込んだ。しかし彼女は、なにかを深く思い込んでいて、「それどころではない」というふうに、ゆっくりと首をふる。私は途方にくれて、目顔で、おじいちゃんにバトンを渡した。
「じゃあ、しかたがない。われわれも、断食しよう」おじいちゃんは、大きく溜め息をして言う。
「とんでもない。この暑さに断食なんかしたら、おじいちゃんの命がもちませんよ」
 私が思わず大声を出したとき、悦ちゃんが大きな目を、ますます大きく見ひらきながら、おじいちゃんに、するどく問いかけた。
「宗教って、いったい、なんですか? 信仰って、どういうことなんですか? おじいちゃんは本当にキリスト教を信じてるんですか?」たたみかけるような悦ちゃんの語気に、私は息をのんだ。
 部屋の中に、ずいぶん長い沈黙が続いたような気がした。崩れかけたコンクリートの席にかかっている釣りしのぶの風鈴の、かすかなひびきさえ、頭に突きささるように感じられる。……おじいちゃんは、ふっと立ちあがってテラスに出ると、隅田川の水面を、しばらく凝視していたが、やがておもむろにふり返って言った。
「悦ちゃん、このおじいちゃんが、どうしてキリスト教を信ずるようになったか
――いや、それよりも、このおじいちゃんが、本当にキリスト教を信じているのか? それとも腹の底で疑っているくせに、うわべだけで信じているようなふりをしているのか?…
是非とも知りたいというのなら、話してもいい。だが、それをおじいちゃんにしゃべらせる以上、君自身、いいかげんな気持ちじゃなくて、命がけででも最後まで聞くことを、約束できるかね?」
 悦ちゃんは、おじいちゃんの目をしっかりと見返しながら、大きくうなずいた。

序章 カタコンブ
教会は裸
飛び降り自殺の作戦
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